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定例会報告

一般質問 初鹿明博

平成19年 第1回定例会


初鹿明博(江戸川区)


平成19(2007)年2月16日


一般質問


初鹿明博
(はつしか あきひろ 江戸川区選出)


*本文は口述筆記ではありませんので、表現その他に若干の変更があることがあります。





子育て支援について

養護学校について

障害者差別禁止条例について



1 子育て支援について


石原知事は、都独自の認証保育所制度を創設し、待機児童の解消に努めるなど、子育て支援を進めていると言っていますが、これだけで満足しており、子育て世代が抱えるその他様々な課題を十分に理解をしているのか、はなはだ疑問です。
働きながら子育てしている親にとって、保育所に入所できれば全て問題解決というわけではありません。保育所に入所できても、子どもが風邪を引くなど病気にかかると、保育所では預かってもらえず、対応に大変な苦労を強いられています。仕事も一日二日ならともかく、何日も続けては休めず、かといって、預け先もなかなか見つかりません。風邪などの病気の子どもを預かる病児・病後児保育を拡大していくことは、働きながら安心して子育て出来る環境を作る上で、喫緊の課題だと考えます。
しかし、実態は都内の病児・病後児保育施設は64箇所、260名の定員しかなく、これでは、インフルエンザの流行期など対応できるはずはありません。
また、病児保育施設は、インフルエンザの流行期などは定員を超えて申し込みがある一方、季節によっては受け入れ定員を満たない日が続くなど、補助金を貰っても赤字運営を強いられているのが実情です。
子どもは病態が急変しやすいため、小児科など医療機関に併設されてる施設が病児保育には望ましいですが、施設型だけで地域のニーズを全てカバーすることは限界があります。このような状況の中で、施設を持たずに自宅や派遣で病気の子どもを預かる地域型病児保育が広がりを見せています。江東区を拠点に活動するNPO法人フローレンスは地域型病児保育の草分け的存在で、地域の小児科医と提携し、会員登録した子どもを研修を受けた子どもレスキュー隊員が自宅もしくは訪問で預かるという形をとっており、マスコミでも取り上げられ、会員数も、受け入れ地域も拡大しています。厚生労働省も「非施設型病児保育」である「緊急サポートネットワーク」事業を開始し、東京都でも中野区・町田市・清瀬市でこの事業がスタートしています。
今後、施設を持たず家庭の中で子どもを預かる地域型病児保育が拡大していくと思いますが、都が一昨年作成した「東京都病後児保育事業マニュアル」においては、「実施例がほとんどないことから参考として留意が必要な事項について、個別に触れるに留める」となっており、施設を持たない地域型病児保育には統一的な安全基準がありません。最低限の保育の質を担保するためにも、都として一定の安全基準を設けるべきと考えますが所見を伺います。●1


家庭的な保育は病児保育に限らず、夜間保育、一時保育、障害児保育など施設型保育では対応できない分野で一定のニーズがあり、現に多くの母親が助けられています。家庭の中で子どもを預かるケースとして、家庭福祉員いわゆる保育ママや地域の助け合いの組織であるファミリーサポートセンター、そして、認可外保育施設という位置付けになる民間の個人や団体があります。民間で業として行なう場合、家庭的保育でも認可外保育施設としての届出が必要で、施設としての安全基準を満たすことが要求されます。一方、保育ママやファミサポにはこの基準は適応されず、自治体ごとまちまちの対応になっています。多くの子どもをある程度の広さの中で預かる施設保育と一軒家やマンションの一室で少人数の子どもを預かる家庭的保育とでは安全上配慮すべき点は異なるはずです。
家庭内で預かる場合、例えば、家具に転倒防止の措置がされているか、ハサミや刃物などが放置されていないか、タバコなど誤飲の恐れのあるものが置かれていないかなど、家庭内だからこそ、気をつけなくてはならない基準があるはずです。
そこで、都として統一した家庭的保育ならではの安全基準を作るべきと考えますが、所見を伺います。●2


さて、このような形で安全基準を厳しくしていくと届出すらせずに、ヤミに潜って営業を行なうケースが増加する可能性があります。現在も、届出をすれば年に一回行政の立ち入り調査があり、あれこれ問題点を指摘されますが、届け出なければ煩わしい行政のチェックが入らないため、届け出ずに営業している事業者が少なからずいます。利用者の大半は届出済みの施設なのか、無届なのか、それどころか、認可外の施設が届け出制になっていることすらも知らずに子どもを預けているのだと思います。届出ているか否かを利用者が直ぐに分かり、選択する上での判断基準となるようにすることが、結果として事業者の届出を促すことにつながると考えます。そこで、認可外保育施設の届出をしていることが利用者に一目瞭然で判断つくように、入り口に添付する届出済みステッカーを作成したらいかがでしょうか。所見を伺います。●3


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2 養護学校について


先月、特色ある障害児教育を行なっているという「京都市立西総合養護学校」を視察してまいりました。京都市では、全国で唯一、この西総合養護学校をはじめ、東、北、呉竹の四校の養護学校をコミュニティースクールに指定しています。
養護学校というと、学校のある地域外から大半の児童・生徒が通学してくるため、地域からは嫌がられるケースも見受けられますが、コミュニティースクールとなり、地域に開かれることによって、地域の方々による学校理解や障害者に対する理解も深まり、地域に良い影響を与えます。また、地域からのボランティアもより多く学校に参加することとなり、学校にとっても大きなメリットとなります。
また、高等学校においても、既にチャレンジスクールなどで大学生のボランティアを活用している事例はありますが、コミュニティスクールに指定することで、さらに多くのボランティアが学校に関わりを持つと同時に、地域の学校理解も深まり、職場体験の受け入れ先の拡大などより良い効果が期待できます。
都としても、都立盲・ろう・養護学校や都立高等学校をコミュニティスクールに指定すべきと考えますが、所見をうかがいます。●1


京都市の取り組みとして興味深いのは、養護学校の児童生徒が作業学習で作成した製品を販売する「歩」という名のアンテナショップを持っていることです。この店は、各養護学校の生徒が日替わりで店番に立ち、自分達が作った商品を自分たち自身で販売するという活動をすることによって、自信を培い、社会参加・自立する力を育んでいくことをねらいとしています。
東京都でも、養護学校の生徒の実習の場として、また、都民の皆さんが生徒と触れ合い、障害児への理解を深めるためにもこのような取り組みを行なうべきと考えますが所見を伺います。●2


京都市では、総合養護学校という名の通り、障害の種別にとらわれずに、知的障害のある子ども、肢体不自由の子どもをひとつの学校で受け入れる取り組みを始めています。
現在、車椅子の児童の普通学級での受け入れが進み、肢体不自由校に通う生徒の大半は重複した障害を持つようになっていることを考えると、障害の種別で分けることが必要なのか疑問に思えます。
西総合養護学校では、多動の自閉症の子どもと車椅子の子どもが同じ空間にいて事故が起こるのではないかという当初の心配も杞憂に終わり、知的障害のある生徒が肢体不自由の生徒の車椅子を押している姿が見られるなど、教育上非常に良い効果をもたらしていると感じました。
社会に出れば障害のある人もない人も同じ地域で暮らすことになります。しかし、学校ではまずは、障害の有る無しで分けられ、さらに、障害児は障害の種別ごとに分けられます。障害者自身が自分の障害とは異なる障害者のことを理解していなくて、障害の無い人とある人との間の理解が進むはずはありません。障害のある人も無い人も、どんな障害をもつ人も共に助け合いながら暮らしていく真のノーマライゼーション社会を目指す上で、学校においてもできうる限り障害の有無や種類に関わらず、同じ空間で授業を受け、学校生活を送っていくことが理想です。こうした理想を目指す第一歩として、都教育委員会として、京都市の取り組みを参考にしながら、異なる障害の子どもを受け入れる学校をできるだけ拡大すべきと考えますが、ご所見をうかがいます。●3


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3 障害者差別禁止条例について


昨年10月から障害者自立支援法が本格施行となり、障害者を取り巻く環境は大きく変化し始めています。今後は、地域で暮らす障害者は格段に増加し、障害のある人と無い人が関わりを持ちながら暮らしていく場面が多くなると考えられます。
しかしながら、依然として障害者の施設の建設に対して反対運動がおこるなど、障害者への無理解や偏見から、障害者やその家族の多くが暮らしにくさを感じています。悪意からの差別も依然として存在する一方で、何気ない言動が障害者を傷つけ、差別されたと感じさせている例も数多くあります。
さて、このような現状の中で差別や偏見に苦しむ障害者やその家族にとって、昨年は画期的な年となりました。お隣の千葉県で障害者の差別をなくすための条例、「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」が困難な状況を乗り越えて成立したのです。
千葉県では、「障害者差別をなくすための研究会」を民間からの公募でつくり、まずは県民から実際の差別事例を800件以上収集し、集まった差別事例を「教育」「福祉」「医療」「労働」「商品・サービスの提供」「建物・公共交通機関」「不動産取引」「情報提供」などの分野に分け、これは差別なのか、どうしてこのような差別が生まれるのか、どうすれば解決できるのかということについて話し合ったといいます。この研究会には障害当事者や家族のみならず、企業の側からも委員に加わり、条例の作成に携わりました。また、各地でタウンミーティングを開催するなど、多くの県民を巻き込んでの活動が、結果として多くの県民に障害者のことについて考えさせるきっかけとなりました。また、障害者も自分と異なる障害を持つ人のことをほとんど理解していなかったことや、障害者も社会のあり方を理解しなくてはいけないということが会を進めていく中で気づき出したそうです。


研究会の座長を務めた野沢和弘氏を我が会派の勉強会に講師として招いた時に、次のようなエピソードをご紹介いただきました。
研究会の副座長を務める視覚障害者の方がタウンミーティングで次のようなお話をされたそうです。
「神様のいたずらで、障害者はどの時代もどの町でも一定の割合で生まれる。しかし、神様のいたずらが過ぎて、この町で目の見えない人が多くなったらどうなるか。私はこの町の市長選に立候補する。目の見えない人が多いので、私はたぶん当選するでしょう。そのとき、私は選挙公約をこうします。町の財政も厳しいし、地球環境にも配慮しなければならないので、街の灯をすべて撤去する。そしたら、目の見える人たちが飛んでくるでしょう。『夜危なくて通りを歩けやしないじゃないか』と。市長になった私はこう言います。『あなたたちの気持ちはわかるけど、一部の人たちの意見ばかり聞くわけにはいきません。少しは一般市民のことも考えてください。』視覚障害者である私たち一般市民にとっては、灯りなんて何の必要もない。地球環境がこんなに危機に瀕しているのに、何で目の見える人はわかってくれないのだろう」 「障害」の問題の本質は、何かができるか、できないかということではなく、どういう特性を持った人が多数で、どういう特性を持った人が少数なのか、そして、多数の人は少数の人のことをわかっているのか、いないのかということに尽きるのではないかと、野沢氏は私たちに残していきました。
多数派である私たちは、もう少し少数派のことを配慮して生きなくてはいけないのではないでしょうか。いや、誰しもが、石原知事あなたも含めて、病気や事故で障害者になるかもしれないし、年をとれば、身体に不自由なところも出るでしょう、認知症にもなるかもしれません。人生の中で「元気で健康な多数者」であることは意外と短いのかもしれません。家族や知人に「少数者」が生まれる可能性もあります。そう考えると誰もが、そう、石原知事あなたも、障害者のことは他人事ではなくなるはずです。
誰もが自分の心の中にある「差別する心」を見つめなおし、自分と異なる世界を考えるきっかけとなる条例を作る事ができたら、東京都も世界から尊敬される都市になると思います。
先の都議選の際に「障害者差別禁止法(JDA)を実現する全国ネットワーク」が実施したアンケートによりますと、私たち民主党をはじめ、自民、公明、共産、生活者ネットと全ての会派が、条例制定に賛意を示しています。
本来なら、国が「障害者差別禁止法」を制定すべきではありますが、日弁連やDPIという障害者団体が「障害者差別禁止法案」を発表しているにも関わらず国の動きは緩慢で、昨年末、国連総会で障害者差別禁止条約も成立しましたが、法整備に向けた動きはまだ見えておりません。
法整備が進まない中、首都東京が独自の条例を作ることは国に対しても大きなプレッシャーになるでしょうし、他府県へも大きな影響を及ぼすと考えられます。
条例を作ったからといって、直ちに差別が無くならないことは承知の上ですが、何もしないでは人々の心の中に変化は現れてこないとも思います。条例制定によって、障害の無い人は障害者のことを知るきっかけとなり、障害のある人は社会のことを理解するようになるはずです。
昨年の我が会派の門脇ふみよし議員の質問に対して、知事は「何よりも何よりも大事なことは心の問題だと思います。」と答えていました。人々の心を動かすきっかけをつくるためにも、東京都として、障害者の差別をなくすための条例を制定すべきだと考えますが、国に先駆けて、様々な問題に取り組んできたとおっしゃる知事の所見を伺い、質問を終わります。●7